けんぶりっくのブリックブログ

2015/03/03  お知らせ

ひな祭り

こんにちは(^-^)/

今日は3月3日、ひな祭りの日ですね!!
私は男兄弟しかいなかったのでひな祭りの思い出はあまりありませんが、
まわりに聞くとひな人形の出し入れがかなり大変だとお聞きします(^_^;)

そんなひな祭りという女の子の為の行事ですが、
元々は女の子の為の行事ではなかったと皆さんご存じでしたか?
ひな祭りは、昔、中国で行っていた風習にもとづくといわれています。
中国では、“季節の変わり目は災いをもたらす邪気が入りやすい”と考えられていて、
3月最初の巳の日=上巳(じょうみ)に水辺で禊(みそぎ)を行ったり、
盃を水に流して自分のところに流れ着くまでに詩歌を読む「曲水の宴(きょくすいのうたげ)」を行う風習があったそうです。

これがやがて遣唐使によって日本に伝えられ、禊(みそぎ)の神事と結びつきました。
初めは天皇をお祓いするための儀式だったものが、平安時代には宮中行事になったといわれています。

川のほとりに男女が集まり、災厄を祓う「上巳の祓い」として、「曲水の宴」を催したり、
草木や紙などでかたどった人形(ひとがた)で自分の体をなでて穢れを移し、川や海へ流す儀式が行われるようになりました。
現在でも日本の各地で行われている「流し雛」は、この名残といわれています。

はじめは宮中の行事であった「上巳の祓い」が、時とともに武家社会にも広がり、
やがて室町時代になると日付が変動しないよう、3月3日と固定されました。

しかし、この頃から安土・桃山時代にかけては、まだひな人形を飾って遊ぶ今のひな祭りとはかけはなれた祓いの行事でした。
この3月3日が華やかな女性のお祭りとなるのは、戦国の世が終り、世の中が平和になった江戸時代からのこと。

徳川幕府によって「上巳の節句(3月3日)」が「五節句」のひとつに定められ、
「人日の節句(1月7日)」「端午の節句(5月5日)」「七夕の節句(7月7日)」「重陽の節句(9月9日)」と並ぶ重要な年中行事となりました。

もともと「上巳の節句」は男女の区別なく行われていた行事でしたが、
「端午の節句」が男の子の節句として祝われるようになったことに対して、3月3日が女の子の節句として定着するようになったのです。

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